重い脳障害を持った子どもが、足の親指を使った
ハイハイ運動を続けることで、次第に回復していく事例から、
脳機能と身体の深い関係が見えてきます。
埼玉県深谷市にある「さくら・さくらんぼ保育研究所」(斎藤公子所長)では、独自の「ハイハイ運動」を保育に取り入れています。ハイハイとは、赤ん坊が手と足を使って動き回る、あの動きのことです。ここで注目したいのは、うつ伏せになった時の足の親指です。健康な子どもなら、この親指が自然と床につき、親指で床を蹴ってハイハイすると言います。しかし、脳に何らかの障害を持っている子どもだと、この足の親指が動かないのだそうです。また寝返りを打つ時も、通常なら足を交差させてから親指を使うところ、障害のある子どもだと、それができない。
「さて、自分はどうだろう」と思った方、すぐに靴下を脱いで、床にうつ伏せになってみてください。実は最近は、大人でもきちんと足の親指が床につかない例があるそうですよ。
この親指の問題。実は人類の進化において、かなり重要なポイントなのではないかと、「ハイハイ運動」に取り組む斎藤公子所長は考えています。足の親指で地面を力強く蹴って進む――その行為が人間を人間たらしめている脳の発達に大きな影響があるようなのです(床をハイハイする動きは、ちょうど水から陸に上がった両生類の動きに似ています)。
さくら・さくらんぼ保育研究所では、ハイハイ運動ができない子ども(脳に重い障害がある子ども)について、はだしで過ごさせたり、足の親指を使う運動を自然にさせることで、足の親指が床につけられるように工夫します、やがて何とかハイハイ運動ができるようになると、今までできなかった積木遊びや砂遊びができるようになり、さらには言葉も口にし始めるのだそうです。
ある研究によると、自分で立つようになる前の赤ん坊のハイハイは、「左足→左手→右足→右手」という順序ですが、歩きだしてからは「左足→右手→右足→左手」という順序に変化するそうです。前者の動きは、爬虫類や両生類、そして哺乳類に見られるもので、後者は人間を含めた霊長類独特のものなのだそうです(自分はどうだろうと思ったあなた、すぐにハイハイしてみましょう)。
どうやら足の動きと脳の発達とは、密接に関わる部分があるようです。障害を持つ子どもたちは、通常の成長コースに行けない問題を脳内のどこかに抱えていると考えられます。それをじっくりとハイハイ運動を行うことで、あたかももう一度「進化の過程」を繰り返すようなプロセスが脳内で起こり、その結果、障害が回復していく……という仮説は大胆すぎるでしょうか?
現代は大人も子どもも、はだしで歩くことが少なくなりました。幼児保育の関係者から、最近の子どもたちの体力低下について驚くような話も聞かれます。現代人は、もしかすると大切な何かを失いかけているのかもしれません。